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ドイツワイン紀行
ワインジャーナリスト 綿引まゆみ  
 白ワイン帝国ドイツでは、ここ10年ほどの間に大きな変化が見られるようになった。1995年時点では19.1%だった赤ワイン用のぶどう畑が、2003年には33.8%へと急激に広がってきた。ドイツの赤ワインは“軽くてフルーティ”といわれてきたが、ぶどう畑の広がりは、ドイツの赤ワインにどのような変化をもたらしたのだろうか?それを探るべく、注目の赤ワイン生産地、ファルツとバーデンを2004年10月に訪れた。

ドイツのイメージを覆すファルツの気候
 この地域内の気候や地理的条件は場所により非常に大きく異なりますので、他の国々よりそのワインの原産地がどこにあるかが重要です。それぞれの土地における生育条件の差が、ワインに大きな多様性を持たせているからです。

 ドイツを代表する川、“ライン河”。ドイツの南端、スイスとの国境のボーデン湖の西端を出発したライン河は、しばらく西に進むと、バーゼル(スイス)で進路を北に変えて北上を続け、マインツで西に折れ曲がった後は、オランダを経由して北海に注ぎ込む。ドイツワイン生産地域の大半は、このライン河およびライン支流の川の影響を受けており、ドイツワインを語る上で、ライン河の存在は外せない。

 しかし、ファルツのぶどう畑はライン河からやや離れ、西側に南北に連なるハート山系の丘陵地帯と東側のライン河との間に南北に帯状に広がっている。気候はドイツの中では非常に温暖で、訪問した10月の半ば過ぎでもジリジリと肌が焼かれそうなほど陽射しが強かった。また、北緯50度近いこともあり、この時期でも太陽はなかなか沈まない。地中海沿岸地域によく見られるレモンやアーモンド、いちじくなどの果実も多く栽培されており、ここがドイツとは思えないほど暖かい空気に満ち溢れている。我々の持っている、“ドイツ=寒い”というイメージは、ここファルツでは容易に崩れ去る。日本では春に見られる菜の花畑をあちこちに発見したときには、一体ここの気候はどうなっているんだろう?と首をひねってしまった。

 この温暖な気候を生かし、ドイツ13のワイン生産地の中で第2位という生産量の多さを誇るファルツは、かつてはこの“量”ばかりが取り上げられていた。しかし、近年は白赤の比率やぶどう品種の構成比に変化が見られるようになり、“質”の評価も変わって来た。現在は畑面積の37.8%(2003年)が赤ワイン用品種で、ドルンフェルダー、ポルトギーザー、シュペートブルグンダーの順となっている。従来のドイツ赤ワインのイメージを持つのがポルトギーザーだが、ファルツはもちろん、ドイツ全体での畑面積も年々減りつつあり、その一方で、飛躍的に増えているのがドルンフェルダーとシュペートブルグンダーである。ドルンフェルダーは1981年に品種登録された新しい品種であり、樽を使ったスタイル等に注目が集まりつつある。シュペートブルグンダーは、ブルゴーニュに代表されるピノ・ノワールのドイツでの呼び名であるが、ドイツの伝統的な赤ワイン品種でもある。


ワイナリー訪問
  Weingut Philipp Kuhn(ワイングート・フィリップ・キューン)
フィリップ・キューンの看板 ファルツは北部の“ミッテルハート・ドイチェ・ヴァインシュトラーセ”と南部の“ズーストリッヒ・ワインシュトラーセ”の2つのベライヒ(地区)に分けられるが、フィリップ・キューンのワイナリーは北部のLaumersheim(ラウメルスハイム)村にある。約15haの畑を持ち、白と赤の生産比率は50%ずつ。赤の50%がシュペートブルグンダー、25%がドルンフェルダー、20%がカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロ、カベルネ・ドルサーなどのカベルネファミリーで、その他にはイタリア品種のサンジョヴェーゼ・グロッソなども少量つくる。しかし、現当主フィリップは「伝統こそが我々のスタイルを生み出しているので、それを守っていきたい」と言い、カベルネ・ソーヴィニヨンは徐々に減らしているのだという。フィリップにとっての伝統は、シュペートブルグンダーである。

フィリップ・キューン氏 「祖父の代までは、少量の軽い赤ワインや甘口タイプのワインをつくりながら、畜産や果樹栽培、農業もしていましたが、父の代になるとワインだけになりました。私は1992年からワインづくりに携わっていますが、10年くらい前からはクオリティを意識したワインづくりをするようになりました。でも、“モンスター”ではなく、フルーツのエレガントさとストラクチャーを尊重したワインをつくりたいですね」と話すフィリップ。赤ワインの一部はフランスのアリエやボージュ産のフレンチオーク樽を使用して熟成させている。ドイツのジャーマンオーク(ゆっくり育つので、目が詰まっている)も使うが、ジャーマンオーク樽の生産者は少ないとのこと。「このあたりの気候はブルゴーニュに似ているし、土壌は石灰岩で、土地は健康です。でも雨が多いので、ビオディナミには懸念があります。また、天然酵母だけでは、セラーで起こりうるトラブルが心配なので、発酵の際には白も赤も酵母を加えています。ワインではリースリングとシュペートブルグンダーが好き。今は自然とともに働いているのが面白いけれど、今後はマーケットを意識して、もう少し生産量を増やしていきたいですね。外の人はドイツの赤ワインを知らなさ過ぎますよ」と笑顔で語った。
  Weingut Knipser(ワイングート・クニプサー)
ヴォルカー・クニプサー氏 クニプサーは1850年からの伝統を持つワイナリーで、フィリップ・キューンと同じラウメルスハイム村にある。現在はヴォルカーとウェルナー兄弟にヴォルカーの息子も加わり、ワイナリーを運営している。8.3haのシュペートブルグンダーと7.3haのリースリングを中心に、約22haの自社畑を所有するが、他からもぶどうを買っている。赤はドイツ伝統のポルトギーザーや、オーストリアで量産されているというサン・ローラン、国際品種のカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロなどで、白は樽を使って熟成するシャルドネなどもつくる。しかし、彼らの主力赤ワインはシュペートブルグンダーで、しかもその大半にはバリック樽(フランスのアリエ産のシルバーオークやドイツのジャーマンオーク)が使われている。彼らは、ドイツにおいてオークの小樽を使ったワインづくりのパイオニアとして、また、伝統的かつ国際的なぶどう品種を使った赤ワインの優良生産者のひとつとしても知られている。「ワインは文化です」とはヴォルカーの弁。

ワイングート・クニプサーの醸造所での仕込み風景 なによりも、「よく熟したぶどうが大事」と言うヴォルカー。また、彼らの赤ワインについては、「ジュースはクールな状態をキープするようにし、ワインのフルーティさとエレガントさを大事にしています。どれもマロラクティック発酵はしません。シュペートブルグンダーはタンニンと果実の甘味のバランスを大事にしています。ドルンフェルダーは口当たりがスムースかつチャーミングなワインで、チェリーのニュアンスがあります。新しい品種のサン・ローランは、ドルンフェルダーよりストラクチャーがありますが、これもチャーミングなワインです」と述べる。

ワイングート・クニプサーのセラー 特筆すべきは、ヴォルカーが“フラグシップワイン”と呼ぶ『Cuvée X』。カベルネ・ソーヴィニヨンとメルロ、カベルネ・フランをブレンドしたボルドータイプの赤で、これもバリック樽で熟成させている。よく熟しているが、でっぷりし過ぎていないエレガントな味わいが魅力。ボルドーの格付けワインと並べても、決してひけをとらない。年間8000本の生産。「我々のワイン生産の中心はもちろんシュペートブルグンダーですが、少量のカベルネ・ソーヴィニヨンにも力を注いでいます」と力強く語った。
  Weingut Friedrich Becker(ワイングート・フリードリッヒ・ベッカー)
フリードリッヒ・ベッカー氏 フリードリッヒ・ベッカーのあるSchweigen(シュヴァイゲン)は、ファルツ最南端にある、フランスのアルザスとの国境の町。時代によって国境が変わっていた歴史を持ち、第二次大戦後の1945年に現在の国境が定まった。そのため、ファルツの生産者の持つぶどう畑の5%はフランスエリアにある。ここではフランスは“よその国”ではなく、“ほんのお隣”だ。そして、フランス側の畑やブルゴーニュクローンからつくられたシュペートブルグンダーには、“ピノ・ノワール”とラベルが貼られているものも見られる。

ステファン・ドルスト氏 フリードリッヒ・ベッカーは小さい家族経営のワイナリーで、14haの畑を持つ。赤の生産量は40%で、シュペートブルグンダーを中心に、ポルドギーザー、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロなどをつくり、“ピノ・ノワール”ラベルのワインもある。セラーマスターのステファンは、「このあたりのシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)は、30年前と比べるとかなりスタイルが変わってきました。かつては色が薄く、酸っぱさの目立つワインでしたが、現在は凝縮され、インターナショナルなスタイルになっています。それは収穫量を制限していることが大きな原因です。しかし我々は極端な収量制限はせず、心地よく飲めるよう、1haあたり35ヘクトリットルほどに止めています。ワインづくりにはまず、健全でよく熟したぶどうを得ることが大事で、そのため、今年は収穫を3回に分けて行いました。また、熟成にはバリック樽も使います。フレンチオークはもちろん、ジャーマンオークやアメリカンオークも使い分けています」と語る。実際、彼のピノ・ノワールを試飲してみたが、深い色合いで果実の凝縮感があり、タンニンのストラクチャーもしっかりし、ドイツの赤ワインのイメージを覆すスタイルだった。現在の輸出先はオランダだけだが、「将来的には広く輸出していきたい」と、意欲的なステファンだ。

Five Friendsのつくる『V amici』ワイン なお、フリードリッヒ・ベッカーら5つのワイナリーは『Five Friends』という共同組合的組織をつくり、収穫時などの作業において相互協力をしている。人手の少ない小さなワイナリーにとっては、心強い仲間組織だ。また、彼らは『V amici』(5人の友達の意味)というブランドのワインもつくっており、彼らが出資しているLandau(ランダウ)の町のレストラン“Füf Bäerlein ”などで飲むことができる。
ワイナリー訪問を終えて
 陽射しが豊かで、日照時間も長いドイツ南部。ステファンが言っていたように、収穫量に注意を払えば、果実味の凝縮した赤ワインをつくるのは難しいことではない。また、ポテンシャルを持ったワインにバリック樽を使用すれば、複雑味や厚みが加わる。そうした赤ワインの可能性に気付いたのが、今回訪問した若い世代の彼らだ。彼らは伝統を守りつつも、国際市場を意識し、近代的手法や理論を用いた質の高いワインづくりに取り組み、実際に国内外で高い評価も得ている。こうした若い力が牽引力となり、ファルツの、そしてドイツ全体のワインの質を高めつつある。そんなファルツは、ドイツで最も注目したい生産地のひとつだ。

ファルツを訪ねる愉しみ
新ドイツクイーン ペトラ・ツィマーマン嬢 ファルツには、“ドイチェ・ヴァインシュトラーセ”と呼ばれる“ドイツワイン街道”がある。1935年に制定されたこのワイン街道は、ファルツ北部のBockenheim(ボッケンハイム)から南下し、ベッカーのワイナリーのあるフランス国境のSchweigenまでの85kmの距離を、ぶどう畑の間を縫いながら走っている。このワイン街道のちょうど中間地点にあるのがNeustadt(ノイシュタット)の町で、毎年10月始めのノイシュタットの収穫祭では、次年度のドイツワインクイーンが選ばれる。折りしも、ちょうど新クイーンに決まったばかりのペトラ・ツィマーマンさんとランダウのレストラン Füf Bäerlein で夕食を供にすることができた。お父さんがモーゼルでワインづくりをしているというペトラは、来日経験もある。なぜか新潟の地名に詳しいので不思議に思ったら、実はモーゼルのトリアー市と新潟県の長岡市は友好都市の関係だそうで、「クイーンの仕事でまた日本に行きたい」と言うペトラ。知的で、明るく親しみやすい彼女は、ドイツワインを広めるワインクイーンには正に適役。ドイツの若者のワイン事情を、「若い人はあまりワインを飲まないかも。どちらかというと、アルコールの軽いドリンクの方を好むかしら。それに、ドイツではそもそも、社会の階層によっても飲む層と飲まない層があるのよ」と話してくれた。日本でペトラにまた会える日が楽しみだ。


*ファルツ編はここまで。次回、後編の『バーデン編』へ続く。
『バーデン編』はこちら→

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